FLINT Tremolo テクノロジー:技術白書 - text by Pete Celi –
- 2012年4月12日
- strymon
アンプ・トレモロの正体?
エフェクターを語る上でも、時には原点回帰が必要です…..。
携帯電話やコンピューター、ICやトランジスターが発明される前、ギタリストに与えられていたエフェクターはトレモロとスプリング・リバーブだけでした。今のように多彩なエフェクターは一切ありませんでした。
しかし、そのサウンドは多数のエフェクターで色付けがされていなかったため、鉛筆のデッサンような純朴な美しさがありました。サウンドも必要最低限にまで削ぎ落とされると、各トレモロのサウンドの個性が明確に現れます。フォト・トレモロの鼓動、チューブ・トレモロのうねるような波、そしてハーモニック・トレモロの眠りを誘うような渦を感じられます。
我々は1960年代のクラシック・アンプに搭載されていた回路を知り、これら3種類のトレモロサウンドを、スタジオ・クオリティーのエフェクターとして、忠実に再現することを決意しました。複雑な音の特性やトーンの相互交錯を調査し、細部まで新たなアルゴリズムとして再現しました。
Flint Tremolo & Reverbで用いたテクノロジーをStrymonのDSPヘッドエンジニアでありサウンド・デザイナーのピート・セリ(Pete Celi)が下記に解説します。
strymonのアンプ・トレモロ・テクノロジーの概要
トレモロは、入力信号の周期的な信号レベル変調(ボリュームの変化)であり、世間でよくある「ビブラート」の表記は正しくありません。数多くの素晴らしいトレモロエフェクターは、シンプルなVCA(voltage-controlled amplifier)回路を使用しており、幾何学的な波形(サイン波、三角波、矩形波、ランプ波など)でレベル変調を行っています。我々のターゲットは、ユニークで、落ち着いた、パルス的で、催眠効果を誘うビンテージ・アンプのトレモロ回路によるサウンドを確実に再現することでした。
50年代終盤~60年代にかけて、主に3種類のトレモロが登場しました。それらはハーモニック・トレモロ、パワーチューブ・トレモロ、フォトセル・トレモロの3種類です。それぞれ独自のキャラクターは、異なる方式で発生する効果に起因しています。
LFO
これらのビンテージ・トレモロは、同様のLFO回路(low frequency oscillator、正帰還回路による「フェイズ・シフト」発振器)を使用しています。抵抗とコンデンサーのネットワークで発振周期を決められたかすかに歪んだ正弦派が、LFO信号として発生されます。
3種類のトレモロには、全て同一のLFO回路が採用されていることが判明しました。それぞれ異なるサウンドはLFO波形によるものではなく、3つの異なる方式から生まれるものであることが解りました。では、その3種類をそれぞれ解析してみましょう。
3種類のトレモロの構造を紐解く
ハーモニック・トレモロ
ハーモニック・トレモロは、厳密には純粋なトレモロ・エフェクトではありません。2バンドのフィルタリングのエフェクトであり、低域と高域が交互に強調されるタイプです。その結果、交互に強調される周波数による滑らかなフェイザーのような、緩やかなパルスタイプのトレモロ効果を生み出します。二つの周波数バンドのゲインをコントロールし二つの位相が異なるLFOを発生する真空管と、それら発生した信号をサミングする真空管の2本で回路が構成されていました。この方式は短い期間しか使われませんでした。理由は恐らく高価だった為だと推測されます。
LFO信号の片方の位相は低域信号に直接加えられ、逆位相は高域に直接加えられます。フィルターされた信号は、サミング・アンプに送られるLFO信号で変調されます。これにより、フィルターされた信号はチューブのゲイン・カーブと一緒に変化します。LFO信号が低電圧の時、チューブのゲイン・カーブが高くなるため、フィルター信号のゲインも高くなります。逆にLFO信号が高電圧の時、チューブのゲイン・カーブは平らになるため、フィルター信号のゲインも低くなります。2つのバンドが逆位相のLFO信号に接続されるため、片方のゲインが高くなると、もう一方のゲインが低くなります。これら2つの信号を加算すると、逆位相のLFO信号同士がキャンセルし、交互に変化する2つのフィルター信号だけがレベル変調されて出力されます。これがラウド(ブライト)なサウンドとソフト(ダーク)なサウンドを交互に鳴らすトレモロ効果を生み出すのです。
また、真空管のゲイン・カーブの上下は、フィルター信号の倍音構成に影響を与え、信号のゲイン・カーブの直線性が失われます。その結果、さらに複雑なトレモロサウンドが生まれます。
パワーチューブ・トレモロ
次に紹介するのは、ハーモニック・トレモロに使われた2本の真空管を排除したことにより低価格化できたタイプです。LFO信号がプッシュプル出力ステージのバイアスに直接干渉します。(この場合のLFO信号は単一位相です。)
プッシュプル方式のアンプは、2本の真空管がフルパワーで稼動しないようバイアス調整されます。そのため信号が通過しない間はパワーを最小限に抑え、スピーカーや真空管の寿命を長くします。ギター信号は2つの位相に分けられ、片方の真空管はプラス位相で動作し、他方は信号がマイナス位相で動作します。これら2つの信号は、出力トランスを経てスピーカーへ出力されます。
LFOをバイアスに接続すると、パワーチューブへのバイアス電流が上下します。その電流が下がると真空管の動作が止まり、信号のゲイン(ボリュ-ム)が下がります。高い電流は真空管が熱くなり高いゲインが得られます。このゲインの上下が交互に起こることにより、トレモロの効果を生み出します。
ここで、ボリュームの変化以外の効果も発生します。その副産物は、トレモロのボリュームがゼロに近づき、真空管の動作が止まる時に発生するクロスオーバー・ディストーション(”0”クロス地点での歪み、オフバイアス状態)です。また、その反対に最大ボリュームに近づくとハーモニック・ディストーション(倍音歪み)が発生します。最大出力時の電源の落ち込みもパワーチューブのバイアス・ポイントに影響を与えるため、ダイナミック・レンジに影響します。これら全ての要素が全て絡み合い、このトレモロ回路のマジックが生まれます。
フォトセル・トレモロ
フォトセル・トレモロはLDR(光依存性抵抗)を使用して、入力信号のレベルをコントロールします。LDRはLFOに接続された豆電球とセットで使用されます。LFOが発振すると豆電球の光度が変わりLDRの抵抗値を変化させます。この抵抗はインピーダンスの変化が信号レベルに影響を与えます。
60年代のクラシックなトレモロ回路に使用された光ユニットは、レスポンスの早いネオン球が使用されたため、点灯の立ち上がりが早く、それが信号のオン/オフをシャープにしました。この反応はトレモロの両レベルを矩形波のように激しくハードなトレモロ・サウンドを生み出しました。トレモロのシンメトリーサイクルは、電球タイプに依存したLFO電圧に関係します。しかしフォト・トレモロ回路は、ほとんど高い出力レベル(実働サイクル>50%、電球オフ)に保たれ、低い出力レベルの時間が短くなるように設計されていました。最も高い値では、トレモロサウンドは変調が短い救急車のサイレンのような切り替わるサウンドになります。
また、フォトセル・トレモロの回路はバッファーされていないので、信号パスに接続される負荷によってLDR抵抗値が変わります。これが周波数特性にも影響を与え、わずかながらサウンドキャラクターも変化します。
トレモロ・マジックの解明
複雑で細かいニュアンスの実現
これらの解説から、これらのビンテージ・トレモロ回路は、単なるボリュームの上下ではないことをご理解頂けたと思います。 それぞれのエフェクトの深さ、温かさや雰囲気は、熟考された回路設計なしでは生み出すことはできません。ハーモニック・トレモロは、プリ管の動作特性とLFOが与える入力信号へのキャラクターが特徴的です。
パワーチューブ・トレモロのサウンドには、位相スプリッター、チューブのキャラクター、電源供給の状態を含んだビンテージのプッシュ/プル・パワーアンプ・セクションを再現することが必要です。
フォトセル・トレモロは、LFO信号と信号ライン中の負荷による二次的な影響を加味した電球とLDRを正確に再現することが必要です。
これらの要素を考えると、シンプルなVCAをベースに制作されたトレモロとは明らかに異なります。複雑で細かいニュアンスの実現が、ビンテージ・アンプのサウンド再現の魔法なのです。
Text by Pete Celi - 主な経歴 –
1985 – 1988:Analog Devices Product/Test Development Eng 1989 – 2000:ALESIS R&D Design Engineer 2000 – 2004:LINE 6 DSP Designer 2004 -:Damage Control Engineering DSP & Sound Design