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なぜAudientのオーディオ・インターフェイスは192kHZをサポートしないのか?

オールアクセス Blog:AUDIENT
  • 2021年3月25日
  • レコーディング
なぜAudientのオーディオ・インターフェイスは192kHZをサポートしないのか?

元記事:https://evo.audio/tutorial/why-dont-audient-interfaces-support-192khz/

今回は、最も良くいただく質問の一つとも言える「iDシリーズとEVOシリーズが192kHZをサポートしていないのはなぜですか?」という疑問にお応えします。

まず初めに、「サンプルレート」の意味を理解することが重要です。

デジタル世界でアナログ信号を捉えるために、オーディオインターフェイスは信号のサンプルを取得し、コンピューターにも理解できる「1」と「0」の信号でこれらを置き換える必要があり、これを1秒間に何度も処理しなければなりません。

サンプルレートは、1秒当たりのサンプル数を表し、kHzは1秒当たり1000サンプルがキャプチャされていることを意味します。例えば、48kHZのサンプルレートであれば、1秒間に48,000サンプルが取得されているのです。

毎秒あたり、より多くのサンプル数を取得できれば、「より細かな音を捉えている=より良い音質」ということにもなりそうですが、実際にはそういう単純な話ではありません。 取得された音のサンプルを、アナログ信号からデジタル信号へADCで変換すると、サンプル間のステップを取り除くため、すべてのサンプルがフィルタリングされて、スムーズな出力が得られます。したがって、サンプル数が 2 倍であっても、下の図に示すように、同じ波形が ADC によって再生されます。

異なるサンプルレートの例

ただし、オリジナル信号の周波数がサンプルレートよりも速い高周波の場合、これらのサンプルは元の信号の波形を正しく再現できるわけではありません。ナイキストの定理では、アナログ信号をデジタル信号へ変換する際に、元の波形の最大周波数に対してその2倍の周波数でサンプリングするとしています。そのためナイキスト周波数は、サンプルレートに対して1/2の数値となっているのです。

サンプルレートでキャプチャできない高周波信号

例えば、ヘリコプターのプロペラ回転が速すぎて、カメラのシャッタースピードでは「サンプリング」できません。これはつまりヘリコプターの実像を捉えていない=歪みが生まれていることと同義です。

プロペラの回転周期とシャッタスピードが合ってしまっている例

例えば、96kHzのサンプルレートであればナイキスト周波数は48kHzです。

そのナイキスト周波数で起こる歪みを防ぐために、コンバーターは通常、その周波数を超えるオーディオをブロックするフィルター処理を施します。つまり、サンプルレートが信号の最大周波数に影響を与えるのです。

フィルターグラフ

しかしながら、人間の耳は通常、最大で約20kHzまでしか聞くことができません。80年代後半から登場したCDに採用されたサンプルレート44.1kHzは、ナイキスト周波数が約22.05kHzです。つまりCDの音は、人間の聴覚の能力をフル活用して聞き取れる最も高い周波数というわけです。

一方で、ナイキスト周波数を超える信号をカットするために使用されるフィルターは、ナイキスト周波数に近い周波数のレベルを不安定にさせることがあり、それは「パスバンドリップル」と呼ばれます。

バス・バンド・リップル

この不安定な揺らぎ(=リップル)を取り除く最も簡単な方法は、私たちが聞くことのできない96kHzのような高いサンプルレートまで周波数を上げることです。96kHzのサンプルレート(ナイキスト周波数が48kHz)では、いかなるパスバンドリップルも人間の耳では聴くことが出来ないため、周波数をカットするフィルターも必要ありません。

そうなると、より高い192kHzのサンプルレートでは、さらにリップルを可聴域から遠ざけることができそうです。もちろん理論的にはその通りですが、96kHzでもリップルは完全に可聴域の外にあります。更に言えば、192kHzといった高いサンプルレートを使用すれば、PCに余計な負荷がかかり、リアルタイムで処理することがより難しくなります。192kHzは96kHzの2倍のサンプルを毎秒取得しているので、格納するのに2倍のハードドライブスペースが必要になります。つまり、コンピューターは同じクオリティのサウンドを再現するために、2倍の時間をかけて処理をする必要があるのです。このことを踏まえて、人間の耳で聞こえる範囲の一番良い音で、無駄もなく、速い処理速度でスムーズに作業できる96kHzのサンプルレートを採用する方が、192kHzといった人間の耳に聞こえない音のために負荷を高めてしまうサンプルレートを採用するより、享受できる利点が多いというのがAudientの結論です。

例えば、大胆なタイムストレッチを多用するため、より多くのサンプルが必要、といった方であれば、より高いサンプルレートが必要かもしれません。しかし、そんな場合でも、優れたアルゴリズムさえあれば、高いサンプルレートはますます不要になってくるのは明確です。

実際にAudient製品に使用されているコンバーターは、192kHzはもちろん、384kHzまで対応することが可能ですが、それに対応させることは無意味であるばかりか、先ほどの処理速度のことを鑑みれば、いたずらに負荷を増やすことにもなります。私たちにとっては、単純に数字が大きいという理由だけで高いスペックを追い求めるのではなく、最大96kHzをきちんとサポートしながら、クリーンでニュートラルなサウンドを正確に捉えるコンバーターを最適化することが最も重要なことなのです。

オールアクセス Blog:AUDIENT

最後に、米ワシントンのサウンドエンジニアによる「高音質なサウンドを得るための最適なオーディオサンプルレートとは?」というテーマに迫った面白いホワイトペーパーをご紹介します。

注目すべきは、オーディオ変換における適正なサンプルレートと、サンプルレートによる変換後のオーディシグナルの精度についてです。この文献では、サンプリングレートを上げることによる弊害にも触れながら、理論上、96kHzのサンプリングレートが最適に近いと結論付けています。

適正なサンプルレートを追究していくと、「サンプリングスピードvs精度」という図式が見えてきます。回路面から見ると、コンデンサーの充放電のスピードやOPアンプ(ディスクリートでも同様)での入力から出力への精度を上げるためには、より多くの時間が必要になります。また、サンプリングの場合も周波数を高くすれば、リニアリティを再現する際に障害となる変調が発生するという問題もあります。

サウンドクオリティの面から見ても、人並外れた良い耳を持ったエンジニアがサウンドをモニターすると仮定して、可聴域外に10kHzもマージンを設ければ十分で、それはおよそ40kHzの帯域になります。つまり、88.2kまたは96kがオーディオ用としては最適なサンプリングレートとなるわけです。(文献によると理想値は60k辺りであるものの、業界の標準を考慮し、現状では88.2 KHzまたは96KHzが最適としています。) 以上このことからも、サンプリングレートが高ければ、ADA変換後のオーディオクォリティーが上がるわけではない、ということは明確です。これらの事実を鑑みると、Audientはスペック上の高い数字に踊らされることなく、確かな技術と経験、そしてそれに基づく正しい判断によって、こだわり抜いて開発された製品を世に送り出していることが良く分かるのではないでしょうか。

*ナイキストの定理:スウェーデンの物理学者ハリー・ナイキストによる定理で、実際に再生したい周波数帯域を正確に再現するためには、その2倍のサンプルレートが必要であるという定理。このことから、サンプルレートの1/2の周波数のことをナイキスト周波数と呼ぶ。