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dTape テクノロジー:技術白書 - text by Pete Celi –

  • 2010年7月14日
  • エフェクター
dTape テクノロジー:技術白書 - text by Pete Celi –

テープエコーとは?
ビンテージ・テープエコー・ユニットの魅力の一つは、その不完全な内部構造から起こるエコー音への影響にあります。テープエコー・ユニットは、機械的なカラクリ・ボックスです。モーターや動きを伴うパーツには調整、摩擦、劣化、歪みの問題を伴います。また、録音媒体としての磁気テープは、機械部の構造的な精度に関係なく様々な形で劣化が起きやすい部分でもあります。

テープエコーのブロック図

テープエコーの構造
テープエコーマシンは、従来のテープレコーダー(カセットデッキも同様)と同じように、磁気ヘッドを用いて磁気テープへ音声の録音、再生、消去を行ないます。テープエコーマシンは入力信号とプレイバックされた音声信号を混ぜ合わせ、さらにプレイバック信号を録音ヘッドに戻し、それを繰り返し録音、再生することによってエコーエフェクトを作り出します。エコー音どうしの間隔は、テープ速度と録音&再生ヘッドの距離によって決定されます。

エコーの長さはテープの速さ、もしくは録音ヘッドと再生ヘッドの距離を変えることで調整できます。その調整方法から、二つのタイプのテープエコーマシンが考案されました。1つはテープ速度が調整可能でヘッドの位置が固定されたタイプ。もう1つはテープ速度が固定され、ヘッドの位置が調整可能なタイプです。前者には複数の選択可能なヘッドが付いている場合もあり、後者は違う速度のテープを何種類か選べる場合もありました。

構造による影響
テープは録音ヘッドから再生ヘッドへ進む際に、キャプスタンとピンチローラーを通り、つぶされ又引っ張られます。そして、モーターにかかる電圧変動、キャプスタンやピンチローラー、テンション調整機の微妙なズレ、ベアリングの劣化等による影響でテープ速度は様々に変化します。ディレイタイムはテープの速度によって決まるため、テープ速度が不均一になるとディレイタイムも同様に安定しません。ちょっとしたディレイタイムのみの変化であれば気づきませんが、テープ速度の変化はプレイバック時のピッチにも影響を与えるため、サウンドの変化は小さい音量でも明らかです。この速度の変化は、テープエコーマシンの特徴でもある立体的なサウンドを生み出す要因でもあります。

テープの質
テープの質や古さは、エコーサウンドに大きな違いを与えます。表面に汚れが付着している古いテープの場合、汚れにより摩擦が起き、わずかに「詰まる」ことによりテープ速度が変化します。これによる音響効果はモーターやピンチローラーがテープに与える影響よりも高い周波数の劣化が発生し、ぼやけたようなサウンドを生み出します。

古いテープ、もしくはテープの状態が悪い場合、高周波域を再現することが出来ず、全体的に「暗い」ディレイ音になったり、一時的に帯域幅が狭くなり音が途切れる事もあります。これらは、フィードバック値を高く設定して、たくさんのリピート音を作り出そうとした際に起こりやすくなります。

バイアス
磁気テープは、図の様に非常に非直線的な特性の録音媒体です。録音されないレベルの低い信号(スレッショルド・レベルを下回る信号)は、クロスオーバー歪みを発生します。この問題解決のためにバイアス信号を用います。バイアス信号は、人間の耳には聞こえない非常に高い周波数の信号で、録音したい音に加えられます。これによりクロスオーバー歪み区域を避けて、テープの直線特性の部分に録音されます。録音信号が小さい場合でも、バイアス信号の大きさを調整することにより録音が可能になります。

《資料》テープの磁気信号の変化

大きな信号が録音される時には、テープはサチュレーション(飽和)を起こし、信号を磁気化する限界以上になると緩やかな歪みを発生します。このため、テープに録音される信号の大きさは、最適値に調整されることが望まれます。しかし、クロスオーバー歪みを防ぐためのバイアス信号と相反する部分が発生して来ます。なぜなら、バイアス信号の大きさはテープ録音のクオリティに大きな影響を与えるからです。また、自分の好みや特定のサウンド、機器のセッティングに合った結果を得るために、わざとバイアスを基準値より高く、または低く設定される方もいます。高いバイアス・レベルは直線特性部分の領域が多く使われるため、エコーの音量が下がりヘッドルームが限定されます。これにより、高いフィードバック(リピート音)のセッティングでは、すぐにエコー音がサチュレーションを起こしたハーモニクスの多いサウンドに変化します。低いバイアスレベル(クロスオーバー歪みが生じる部分よりわずかに上)設定の場合、もっとも歪みが少ないエコー音を作り出すことでき、原音に忠実なサウンドが望まれる場合に最適です。

《資料》様々なBiasレベルによる録音波形

テープ速度
テープの速度もエコーの音質に影響を与えます。再生ヘッドはテープの磁化された信号を開口部から読み取り、読み取られた磁気信号の平均値が再生されます。高周波信号では、波形の+側とー側の両方が開口部に押し込められ、お互いに打ち消し合い高域がロールオフされてしまいます。また、テープの速度が下がると、低域は波形の両極が読み取られるため、帯域の一部が削り取られより暗いエコー信号になります。

テープ速度は、機械部とテープの質が録音や再生音にどんな影響を与えるかに関係しています。ピンチローラーの変形やキャプスタンの問題は、準周期的なスピードの変動を生み出します。その問題はテープ速度に比例します。また、テープ速度が遅ければ遅いほど、テープの摩擦による問題を克服することが困難になります。


テープエコーの種類と特徴
テープ速度が調整可能なマシーン、ヘッド位置が調整可能なマシーン、先に述べた問題点がそれぞれ異なります。次に、それぞれのタイプについてより詳しく説明していきます。

テープ速度可変型マシン

ディレイタイムを伸ばすためにテープ速度を落とすと、磁気開口部の影響によりリピート音が暗いトーンになります。メカシステムから起こる低周波の不安定度は、テープ速度と比例して遅くなります。その結果、ワウフラッターによる効果は、立体的な奥行感よりも音程の揺らぎを感じやすくなります。遅いテープスピードでは、テープ自体による高周波が削られる現象も同じように反応し、ぼやけたようなサウンドを作り出します。

遅いテープ速度の際に起きる音質の劣化を防ぎ、ディレイタイムを伸ばすために複数のヘッドが用いられるようになりました。再生と書き込みヘッドを近く設置して、スラップ・バックやロカビリー、SF映画で使われるようなスペイシーなサウンドを作り出すことができました。逆に、ヘッド同士を離すことによって長いディレイサウンドが作り出せます。さらに、再生ヘッドを追加し複数使うことによって、リズミックなエコーサウンドも得られます。

エコー音が鳴っている状態でディレイタイムを調整すると、テープスピードに応じてピッチを変化させる効果が得られます。テープ速度を2倍(ディレイタイムを半分にする)にした場合、エコー音は1オクターブ上がった状態で再生され、再度録音されます。ディレイタイムを元の位置に戻すと、エコー音のピッチも同じように戻ります。ヘッドの位置は固定されているため、ディレイタイムは変わっても信号は再生ヘッドから再生されている速さと同じ速度で録音ヘッドに録音されます。これが、ヘッドの位置が調整可能の場合とどう違うのかを説明しましょう。

ムービングヘッド・マシーン

ヘッドの位置が調整可能でテープ速度が固定されているエコーマシンは、ディレイタイムを変えても、エコー音の質やワウフラッターの効果は変わりません。これらの変化は、テープ速度の変化によって変わるものだからです。しかし、ディレイタイムの長さとリピートの音質の関係はここでも健在です。実際の機械の大きさによって再生ヘッドと録音ヘッドの距離に限界があるため、最大のディレイタイムは最終的にそのシステムで使用するテープの速さによって決まります。長いディレイタイムを作り出すにはテープ速度が遅い必要があり、エコー音の質は短いディレイタイムの場合でも関係なく劣化します。速いテープ速度は、質の高いエコー音を作り出しますが、最長ディレイタイムが短くなってしまいます。そのため、ヘッドの位置が調整可能なテープエコーは、サウンドの幅を広げるためにテープ速度を何種類か選択することができるタイプもあります。

最も良く知られたムービングヘッド・マシーンは、固定された再生ヘッドと調整可能な録音ヘッドの組み合わせタイプです。このタイプは、エコー音が再生されている状態で録音ヘッドを動かし、ディレイタイムを変えることによって様々な興味深い効果を生み出します。録音ヘッドを動かすと、ヘッドが最終的に読み取るテープ速度は本来のテープ速度とヘッドを動かしている速度との差になります。よって、エコー音は違うスピードでテープに再度録音されます。これにより、ディレイタイムの変化とは別に、録音ヘッドの移動スピードによるピッチが変化する現象が起きます。録音ヘッドを以前の位置に戻しても元の再生音は復元されません。これは、テープ速度を調整できるタイプのエコーマシンと違って、ヘッド間のテープの長さ自体が変化しているからです。さらに、動かされているのは録音ヘッドのため、ディレイ音の変化は再生ヘッドに到達するまで再生されません。リピート音の間に無音部分がある長いディレイ設定では、無音部分が再生されている時に録音ヘッドを再生ヘッドに近づけることによって、ピッチ変化無く短いディレイ音を作り出すことができます。


dTapeテクノロジーとは?
テープエコー・マシンの全てを体験するには、これらの機械的な特徴を網羅することが必要です。
それを実現したのがstrymon dTape テクノロジーです。

メカ・システムの再現
テープエコー・マシンの不完全な構造を再現するために、その機械システムを隅々まで研究しました。モーターや他の部品による様々なレベルでの準周期的変動は、長期にわたる周波数障害を作り出す擬似乱数的変動と共に発生します。これらの障害は両方のヘッドで同時に起きる場合もあり、別々にも起きる場合もあります。

どんなタイプのテープエコーでも再現できるように、dTapeテクノロジーはシステム内の全てのヘッドに対するテープ速度が調整でき、さらにヘッドの位置も独立して調整できます。これにより、ヘッドを固定した状態でテープ速度を調整することができ、テープ速度を固定した状態でヘッドの位置を調整することもできます。この「スーパーシステム」は、さらにテープエコーの不完全な構造による音響効果を忠実に再現できます。例えば、テープの詰まりによる、録音、再生ヘッドでの一瞬のテープ速度の変化、モーター速度の変動による両方のヘッドに同時に起きるテープ速度の障害、そしてテープでの問題が録音ヘッドから再生ヘッドにそのまま流れる現象、などが上げられます。これらの効果はdTapeシステムでは自然に再現することができ、これによってユーザーは、「完全に整備されている状態」から「要調整状態」までを自在に設定することができます。

テープ速度
テープ速度によるサウンドへの影響、磁気開口部の仕組みによる帯域幅に関する現象、ワウフラッターの周波数スケーリングの全てが、dTapeシステムでは再現可能です。ムービングヘッドモードでは、ディレイタイムを変更してもディレイ音とワウフラッターの質は変わりません。また、違うテープスピードを選択することによって帯域幅とワウフラッターの特徴も合わせて変化します。

バイアスレベル
バイアスレベル調整はリピート音の特徴に大きく影響します。Strymon dTapeはバイアス調整を低い設定から過度な設定まで忠実に再現できます。バイアスレベルを上げるにつれて、ヘッドルームとリピート音が下がります。更なるバイアス調整によって、リピート音の音量を上げずに、サチュレトした発振を起こすことも可能です。大きい入力信号に対しては低いバイアス信号が適しており、小さい入力信号には高いバイアス設定が適当です。

テープ帯域幅
再生ヘッドの開口部による効果に加え、リピート音の周波数特性はテープ自体の帯域幅とシステムでのフィルタリングによって決まります。古いテープは帯域幅が低く、高域がウォームなサウンドになります。低域周波数特性の特徴は、録音プロセスを行なう電磁気装置とフィルターによって決まります。低域周波数部分が削られる傾向があります。dTapeのアルゴリズムでは、ディレイ音の高域と低域の調整を自在にコントロールすることを可能にし、フルバンドからナローバンドまであらゆる帯域幅でのリピート音を作り出すことが可能になりました。

まとめ
テープマシンの複雑な構造は全てその結果であるサウンドに繋がっています。全ての要素を的確に考慮に入れることによって、高い質と信頼出来る再現性が実現されました。strymon dTapeテクノロジーはワウフラッター、バイアス調整、振動、サチュレーション、ディレイタイム調整の機能を含め、様々な種類のテープマシンを忠実に再現することが可能です。そしてさらに、ユーザーがパラメーターを調整することにより、これまでのテープマシンでは生み出すことが出来なかったサウンドをお届けします。


Text by Pete Celi - 主な経歴 –

1985 – 1988:Analog Devices Product/Test Development Eng 1989 – 2000:ALESIS R&D Design Engineer 2000 – 2004:LINE 6 DSP Designer 2004 -:Damage Control Engineering DSP & Sound Design