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dBucket テクノロジー:技術白書 - text by Pete Celi –

  • 2009年12月3日
  • strymon
dBucket テクノロジー:技術白書 - text by Pete Celi –

アナログ vs デジタル ディレイを生み出す方式の違い
アナログ・ディレイのICは、コンデンサーとトランジスターの列を使用してバケツリレー(bucket brigade)で水を運ぶ様に、アナログ信号をコンデンサー(キャリアー)に貯めて順次送っていきます。「Bucket Brigade Delay device(BBD)」と言うICの名称は、この構造に由来しています。ディレイ(遅延時間)のタイムは、コンデンサーの数(バケツの数と同じ)と、クロックICによって制御される各コンデンサー間を移動する時間によって決定されます。一方で、デジタルICは根本的にアナログとは異なり、信号をデジタル変換しメモリー・バンクに保存します。保存されたデータは再生されるタイミングで呼び出され、再びアナログ変換されて出力されます。ディレイタイムはメモリー・バンクの容量によって決定されます。

それぞれの制限
アナログのBBD ICの内部では、コンデンサー間でデータの移動中に信号のロスが生まれ、ディレイ信号にノイズや歪みを発生させます。これは、バケツリレーする間に水がこぼれてしまう様子と似ています。長いディレイ・タイムを作り出すためには、IC内で多くのコンデンサー(キャリアー)が必要になり、その分キャリアのロスも増加します。 別の方法として、クロックICの信号を遅くすることでディレイ・タイムを長くすることも可能です。しかし、音の悪い変化を減らす為の余計なフィルタリングが必要になりますし、音質の低下も避けられません。そのため、アナログBBDディレイを使用してディレイ・タイムを長くする事には限界があります。音声に変化させない為のコストも増加してしまいます。 それに対し、デジタル・ディレイでは後から再生された音声に変化は無く、長いディレイ・タイムにおいても同様の効果を発揮します。その反面、デジタル・ディレイの正確に再生されるディレイ音は、アナログの「温かい」や「有機的」なサウンドに対し、「冷たい」や「無機的」と表現されることがあります。

デジタル・エンベロープを使用したアナログ・シミュレーション
デジタル・ディレイの無機質でHi-Fiなサウンドが生み出されたことにより、アナログ・ディレイのような音の変化や歪みが加わった音も必要視されるようになりました。 そのため、前記のブロック図のようにデジタル・ディレイの信号にフィルタリングや歪みを加えることで、アナログBBD回路を使用したような変化の加えたサウンドをシミュレートし、再生する方法が使用されるようになりました。 この方法で作り出されたサウンドは音も良く、デジタル回路の特徴でもある大量のメモリー容量を使用して豊富なバリエーションを作り出すことも可能です。しかし、アナログBBDディレイのニュアンスまで完全に再現することは出来ません。

《資料》一般的なデジタル・ディレイとフィルターを使用したデジタル・ディレイのブロック図

サウンドの比較

代表的なアナログ・ディレイのサンプル音
代表的なデジタル・ディレイのサンプル音
BRIGADIER(dBucket)のサンプル音

第3の方式「dBucket」テクノロジーとは?

メモリーした音を汚すだけでは充分ではない
アナログ・サウンドをシミュレートしただけのデジタル・ディレイでは、アナログBBDディレイのサウンドには到達する事はできません。マイクロレベルでのBBD IC自体やクロック、ノイズリダクションに至る迄、回路自体の解析が必要なのです。前記したようにBBD回路でディレイを作り出す際、各「バケツ」が音質のロスを引き起こします。このロスによる音の変化や性質は、トランジスターとコンデンサーで構成される「バケツ」自体にその理由があり、それらを信号が通過する為にサウンドの特徴が発生する訳です。更に、通過する信号によっても異なるため、大きな信号と小さい信号、高音と低音でも発生するロスの性質が異なります。よって、このように一律ではない音の変化は、どんな音でも同じように変化させてしまう処理方法では本来のアナログ・ディレイを再現することができない訳です。また、BBD回路で無視できない要素としてクロックICの影響があります。前にも述べた様に、クロックICは音質に独得の影響を与えます。それはディレイ・タイムが長くしようとするほど明確になります。この要素もアナログ・ディレイをシミュレートしただけのデジタル・ディレイでは再現されません。

《資料》dBucketテクノロジーを利用したディレイのブロック図

dBucketテクノロジーとは?
では、どのように問題を解決すれば良いのでしょうか。はじめに、トランジスターやコンデンサーの素子の構成要素を含めたアナログBBD回路を完全に演算で再現し、さらにクロックICによって変化する信号を再現する必要があります。このプロセスはたいへん複雑で、再現するためには高速演算が可能なDSPをこの演算の為にだけ使用してやっと実現可能になります。その結果、アナログBBD回路で発生する音の劣化や揺れ、音程の変化など微妙なニュアンスまでも再現することに成功しました。

dBucket技術の応用
dBucketテクノロジーは、アナログBBD回路のキャラクターを再現することで、BBD回路をベースにしたディレイ関連のエフェクト(フランジャーやコーラス、ビブラートなどモジュレーション系アナログ・エフェクト)も正確に再現することが可能になります。 このテクノロジーを使用することでアナログ・ディレイ回路が本来もつ音程の変化など、従来のデジタル・エミュレーションでは再現不能なレベルまで到達しました。

dBucket技術の利点
dBucket回路は演算によって処理が行われるため、異なるBBDチップで発生するサウンドの違い、信号のロス、そこで発生する様々な音の変化やパターンをエミュレートすることも可能です。音の変化の要素をそれぞれ独立してコントロールすることも出来るため、例えば本来はノイズの上昇を伴う「歪み」成分を、ノイズを上昇させずに「歪み」成分だけを上げることも実現しました。また、dBucketはBBD回路の理論回路レベルを再現できるため、本来のアナログBBD回路では到達不可能なクリーンなロング・ディレを生み出す事にも成功しました。(通常のアナログディレイの再現できる周波数は1~2kHz程度、dBucketディレイは6~7kHz。バケット・ロス・コントロールでアナログディレイレベルに落とす事も可能です。)また、DSPベースにより、アナログBBD回路では不可能な長いディレイタイムや、デジタルシステムの操作によるパラメーターのリアルタイム・コントロール、TAP、プリセット等の操作も可能になりました。

高速SHARC DSPの演算力を全て投入して、アナログBBD ICを構成するトランジスターレベルまで全信号パスの理想回路を再現しました。各バケツ(キャリアー)はクロックICからの影響も含め、数学的に再現されています。この結果、BBDディレイが発する音質劣化、発振、ピッチエフェクト、ディレイタイムによる変化などの微妙なニュアンスまでキャプチャーする事に成功しました。出力されるサウンドのみを似せるモデリング、それらと異なる次元のプロセッシングをここに完成しました。これがstrymonの”dBucket” テクノロジーです。

代表的なデジタル・ディレイとdBucketの比較 – DIGITAL
代表的なデジタル・ディレイとdBucketの比較 – dBucket

Text by Pete Celi - 主な経歴 –

1985 – 1988:Analog Devices Product/Test Development Eng 1989 – 2000:ALESIS R&D Design Engineer 2000 – 2004:LINE 6 DSP Designer 2004 -:Damage Control Engineering DSP & Sound Design